大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(く)108号 決定

所論は下ノ村勗に対する詐欺被告事件の第百十三回公判調書の記載が一部正確でなく、裁判長が弁護人の反対尋問を禁止した発言を証人に対する介人質問があつたかのように記載していることを主張し、原決定が公判調書の記載の正確性について異議の申立があるにかかわらず公判調書の記載のみを基本として忌避の当否を判断したのは失当であると主張する。一件記録に徴すれば、原決定がなされるより先に、本件忌避申立にいたる経緯を記載した第百十三回公判調書の記載の正確性について異議の申立がなされたにかかわらず、原決定が本件忌避の申立の理由の有無を判断するに当り、その判断の前提をなす右忌避の申立にいたる経緯について、専ら公判調書の記載に拠り、右異議の申立のあることを顧慮した形跡の窺われないことは、抗告人の主張するとおりであり、かような判断の仕方は、おそらく片手落の譏を免れないであろう。しかしながら、右公判調書該当部分と当審において取り調べた証人金子忍、同当間岑子、同笹谷国雄の供述を綜合すれば、(但し笹谷証人の供述中後記措信しない部分を除く)昭和三十二年七月十二日の右第百十三回公判調書の記載は、当該公判期日における審判に関する重要事項を記載して誤りのないことを認め得るのである。すなわちこの第百十三回公判において、証人笹谷国雄に対する検察官の主尋問が済んで弁護人の反対尋問に移り、弁護人滝内礼作から

証人はそのとき、下ノ村社長が渡米していないのに相談しないで、そういう根本的な営業方針を変えることについて不審には思いませんでしたか

との発問があり、証人は

前から独断というか神村にはそういう傾向がありました

と答えたので、裁判長が

匿名組合のことは、社長が渡米前からお膳立ができていたことを証人は知つておりますか

と問い、これに対し証人が

知りません

と答えたところ、弁護人は

匿名組合のことは下ノ村社長が渡米前からお膳立をしていることが真実かどうかということがなぜ判るのですか、裁判長がそういうことを事実あつたことだとして、そのような発言をするのは適当ではないと思います

と裁判長の質問を不当とする発言をしたから、裁判長は

これまでの証拠調の結果そのようなことがあつたということが証拠上明らかにされておりますので、それに基いて尋問しているので差支えないと思います

と釈明したことは公判調書記載のとおりで、以上の記載に間然するところがない。もつとも裁判長が「弁護人は中途で参加したから知らないのだろうが」とか、「弁護人のその質問は的が外れている」といつた趣旨の言葉を口にしたことはあつたが、そのような記載が公判調書にないことは事実と認められる。しかしながら、かような発言は、右裁判長の釈明後、なお、これに釈然としなかつた弁護人が、裁判長の質問を不当であるとし、再三その主張をくり返し、裁判長と弁護人との間で激しい応酬が交わされた際なされたものであつて、弁護人の非難を浴び、そのまま放つておけない裁判長がこれを反駁せんとして、そのような発言になつたものと認められ、かような発言は、公判の審理の大筋に関係なく、固よりこれを公判調書に記載する必要はない。結局証人は弁護人の前記質問に対し答弁をしたのであつて、抗告人の主張のように、その答弁より先に裁判長が「弁護人は中途で参加したから知らないのだろうが、この問題は社長渡米前に匿名組合に切り替えることについてお膳立ができていたのだから弁護人の質問は的を外れている」と述べたのではないことは明白である。当日右法廷に裁判所速記士補として列席した当間岑子の速記タイプに右裁判長の発言内容がとれておらず、又その後の弁護人との応酬も全然現われていないことはそのとおりであるが、それは弁護人の質問に対し証人が答えたのに、弁護人が同一の重複した質問をしたり、裁判長が発言したりして、速記をとりかねたし、裁判長と弁護人の応酬の如きは必要があるまいと判断して速記タイプの手を休めていたので、その部分がタイプにとれていないと認められ、速記タイプに欠けているからといつて、裁判所の公判調書の記載が証人の供述しないことを供述があつたようにしたり、発言内容をことさらに変更削除したものといえない。証人笹谷国雄は当裁判所の取調に際し、「東京地方裁判所刑事第七部の法廷で証人として尋問を受けたが、その最後の方で弁護人から証人はその時下ノ村社長が渡米していないのに相談もしないでそういう根本的な営業方針を変えることについて不審に思いませんでしたかと問われ、何か返事はしたと思うが、何と答えたか記憶にない。私の答が終ると裁判長が私に匿名組合の事は社長が渡米前からお膳立をしていたことは証人は知つておりますかとの質問があつた。その時弁護人から何か発言があり、それに対し裁判長から今までの事から的が外れているといわれた」と述べており、その趣旨は弁護人の質問に対し証人が答をしていること、裁判長の発言は証人に対する質問であり、弁護人に向けられた発言ではないこと及び的が外れているとの裁判長の言葉は弁護人に対する別途の発言であることを明らかにしているのであるから、同証人がその後右の供述と反する供述をしたのは弁護人に対する迎合的答弁であると認められ、笹谷国雄作成の証明書の記載とともに当裁判所の措信できないところである。その他関谷裁判長が弁護人の質問を禁止した事実を認めることはできない。以上のとおりで前記第百十三回公判調書の記載は裁判長、弁護人の発言や証人の供述など一言一句洩れなく録取されているとはいえないが、固より公判調書の記載は、かようなことを要求されているものではなく、審判に関する重要事項を誤りなく伝えたと認められる本件公判調書の記載は正確であるといわなければならない。然りとすれば、原決定は、前記のとおり、その判断の仕方について不当の点があることは免かれないが、以上説明のとおり公判調書の記載が正確であると認められる以上、原決定に存する右の不当は結局原決定の当否に影響を及ぼすものではなく、論旨は理由がない。

同第二点及び同第三点。

第百十三回公判に於て関谷裁判長が証人笹谷国雄に対し「匿名組合のことは、社長が渡米前からお膳立をしていたことを証人は知つておりますか」と質問していることは右公判調書の記載により明らかである。所論はこの裁判長の質問が妥当ではないというが、お膳立といつても種々の差等段階があり得るのであり、準備万端整つて直ぐにも発足し、実現可能な程度のお膳立もあろうし、大ざつぱな荒筋だけで実現までにいろいろ迂余曲折を予想し得るお膳立の場合もあつて、必ずしも組織形態名称、代表者、規約の重点など最高方針が決定したことや、原案が作成された場合をいうものと断定すべきではない。そして関谷裁判長は「これまでの証拠調の結果そのようなことがあつたということが証拠上明らかにされている」旨述べているのみであるから、同裁判長のいわゆる「お膳立」とはいかなる証拠によるどの程度の事実を指していつているかは必ずしも明らかとはいえないが、それにしても原決定が引用する証人神村元則の供述に徴すれば株式日殖のニコニコ利殖契約が法律違反の疑で社長渡米前から福島地方検察庁の取調を受けている事実もあつて、従前からこれを何とかしなければならないとの考え方があつたがそれが一層促進され匿名日殖の計画が決定的段階に達したと断定できないまでも、その方向に動かんとする気運が既に芽ばえていたし、社長もその意見であつたとみることは記録上根拠のない独断とはいえないところである。まして株式日殖の社長としてその主宰者たる地位にある被告人下ノ村の立場や匿名日殖の設立が会社の経営方針における重要な変更であることを考えるとき、社長の渡米中で不在の時に匿名日殖の設立手続が行われたというだけの理由から直ちに社長と相談なしに神村の一存で独断的に定められたとの笹谷国雄の供述にむしろ疑惑の目を向け、その真意を明確ならしめる必要があると認められるのである。それ故笹谷証人が弁護人の質問に対し「前から独断というか神村にはそういう傾向がありました」と答えたのを受けて裁判長が同証人に「匿名組合のことは、社長が渡米前からお膳立ができていたことを証人は知つておりますか」と質問したのは同証人の右応答が不明確な点を是正せんとする配慮に出たものと認められ、事件の進行を適正ならしめる上に時機を得たものとして一応納得できるところでもある。

裁判官の事件に対する心証たるや、弁論終結の際に一挙に形成されるものではなく、公判審理の過程において、それまでに行われた適法な証拠調の結果を内的活動により評価しつつある間に形成されるものである。原決定はこの形成途上の心証を一応の心証と呼ぶのであるが、一応にもせよ心証という言葉が確乎不動なものを云うが如き誤解を避けるとすれば、それは従前の証拠調に対する裁判官の価値判断に外ならない。このような価値判断は各証拠調の度毎に必ず存在し、たとえ検察官の立証段階で、弁護人側の立証が為されていないからといつて、従前の証拠調に対し裁判官が適当と認める価値判断を施すことが許されず、又はかかる価値判断の結果を表現することがすべて違法であるとすべき理由はない。

関谷裁判長の笹谷証人に対する前記質問は正に上述の意味における価値判断に基くものであり、それは確乎不動なものとしてこれに反する証人の供述を許さないとか、その後の自由な供述を不可能ならしめるような強い意図から発せられたものでないことは、同裁判長が「これまでの証拠調の結果そのようなことがあつたということが証拠上明らかにされておりますので、それに基いて尋問しているので差支えないと思う」旨同法廷で述べていることに徴しても推測し得ることであり、その心証を確定的なものとしてこれに固執したとは認めることができない。而してそのお膳立があつたことに関して記録上認め得ないものではないこと既に説明を与えたとおりであるから、右質問をもつて同裁判長が事件について予断を抱いていることの発現であるとは認め得ない。同裁判長が弁護人の反対尋問を禁止した事実がなく、又公判調書に事実を歪曲した記載をし、証人が答弁をしないのにわざわざ答弁を作り上げて記載した事実がなく、公判調書の記載が正確なことは論旨の第一点について説明したとおりである。

(加納 山岸 鈴木重)

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